自宅。 廃工場に有った水野の死体は網に入れて下水の中に吊るしておいた。こうすると、日常の排水で死体が削られて、骨だけになるのが早いのだ。おまけに遺体独特の悪臭も防げる方法だった。 このやり方はロシアのマフィアが好んだやり方だ。 何故、知っているのかというと、少年時代に悪さをして捕まった時。警察の留置所で、同房のマフィアのおっさんに教わったからだ。彼は生意気そうな小僧に自慢したかったのだろう。 まさか、見知らぬ国で役に立つとは思わなかった。 詐欺グループから戴いた金はアオイに預かって貰っていた。 大金過ぎてどこに隠すかを考えていなかったせいもある。また、捨てられたら敵わない。 数日、経って詐欺グループのマンションで動きが有った事が分かった。 水野の携帯電話を盗聴モードにしたまま、家で盗聴してそれを録音をしていたのだ。 日中は学校がある。中学生らしく塾に行くし、ちょっと銃で撃たれたりして忙しい。 それに傷の経過をアオイに見てもらったりする必要もある。 最初は部屋の中にドタドタと足音が響いていた。水野を呼ぶ声も聞こえる。『あっ、金がねぇ!』『どういう事だ? あっ??』『金庫の中の金が全部無いんです……』 大山と思わしき声が録音されていた。別の人物の声が聞こえる。 これ見よがしに金庫は開けっ放しにしておいたのだ。水野の荷物と思われる物も運んでおいた。 彼らは直ぐに何が起きたかを理解したらしい。『どうすんだ? オマエ??』『……』『お前がサツにガラ拐われたって言うから、今まで待ってやったんだろ?』『いや、水野に金を持ってかれたみたいで……』 別の人物の声が大きくなるのに比例して大山の声は小さくなっていった。 どうやら大山は神津組の連中と一緒のようだ。釈放されて警察から出た所で捕まってしまったのだろう。『それが組と何の関係があるんだ?』『でめえのダチの不始末だろ?』『舐めてるんか?』 何やらドスの聞いた声が聞こえる。録音を聞いていても分かるぐらいに険悪な空気に成った。 すると何やらひとしきり殴打する音や、何かが暴れる音が響いて急に静かになった。 その後、何かを引きずる音が聞こえた後は静かになった。 これで詐欺グループの連中にも罰が下ったのだろう。「クスクス……」 ディミトリは録音を聞きながら笑い声を漏らしていた。
大山病院。 翌日、ディミトリは大山病院に来た。アオイに電話してもメールしても連絡が付かない。 そこで、直接会いに来たのだった。 鏑木医師が死んでから大山病院には来ていない。誰が鏑木医師の仲間なのか不明だからだ。 それに、中華系の連中の動向も掴めていない。鏑木医師が死んだのに何もアクションを起こして来ないのも不気味だ。(追跡装置で把握しているだろうに……) 彼らはディミトリの住んでいる場所も行動範囲も知っているはずだ。(或いは知っているから泳がせているつもりなのか……) つまり、何も分からない状態で、ノコノコと大山病院に来るのは危険な行為なのだ。 だが、今回は事情が違っている。金を持ち逃げされようとしているのだ。危険を犯すだけの価値は有りそうだった。(折角、苦労して手に入れた大金を諦めるわけにもいかないしなあ……) だから、危険を承知の上で大山病院にやって来たのだ。 正面の入り口を入って、直ぐに受付には行かずに長椅子に座って周りを見渡していた。 誰かがディミトリを注視しているようなら、直ぐに逃げ出すためにだ。 病院には雑多な人がやってくる。病気の人は勿論の事、入院患者の見舞いや出入りの業者などだ。人が多いので誰も一介の中学生には目もくれないはずだ。そんな中で目を合わせる人物が居たら、自分を監視しているという事だ。 幸い、誰も自分を見ていないようなので受付の前にやって来た。受付で兵部葵を呼び出して貰おうとしたのだ。 しかし……「兵部さんなら一昨日退職なされましたよ?」 受付の女性にあっさりと告げられてしまった。その事にディミトリは唖然としてしまった。「ええ? 随分と急ですよね??」「はい、私達も戸惑っております」 その割には淡々と告げる受付の女性。「どうしてなのか分かりませんか?」「はあ、自己都合なので詳細はお教え出来ません」 にこやかに答えるが目は笑っていない。少し警戒しているのかも知れなかった。「そうですか…… 何とか連絡先とか教えて貰えないでしょうか?」「それは個人情報保護の問題も有るので出来かねます」 そう言って頭を下げた。この話はここで終わりということだろう。 病院は患者個人のデリケートな問題を取り扱う。なので、個人情報の扱いはかなり厳しい。それは医療関係者にも当てはまるのだ。一般市民が尋ねても教えて貰
隣町。 ディミトリはアオイの携帯があると思われる場所に来ていた。 一見すると雑居ビルだ。繁華街という訳ではないが、メインの通りに面している。車や人の往来も多い。 なぜ、ここなのかが謎だが、とりあえず反応はあるのでビルが見える場所に立っていた。 都合の良い事に、付近にはスマートフォンを覗き込んでいる老若男女が沢山居る。何でもモンスターをハントするのがどうしたと話していた。(ニホンと言う国には、街中にモンスターが居るのか…… 流石、何でも有りの国だな……) ディミトリには意味不明なワードだったが、雑多な人が居るので紛れ込むことが出来るのはありがたかった。 彼は周りの人々に合わせて、スマートフォンを覗き込んでいる振りをしながらビルを監視していた。 だが、人の出入りが少ないビルらしく、到着してから一時間が経とうとしているのに誰も出入り口に現れなかった。 人の多い所で声を掛けて騒がれるのも面倒だ。後を付けて人通りの少ない頃合いを見て声を掛けようと考えていた。(やはり、中に入って探したほうが早いのかな?) いい加減焦れて、中に入って探そうとした時に一人の女の人が現れた。(あれ? アオイじゃない……) だが、それはディミトリの期待したアオイでは無く、妹のアカリの方だった。(スマートフォンは彼女が持っていたのか?) 彼女は駅の方向に歩いて移動しようとしている。目的は不明だが、ディミトリは後を付いて行こうと歩き出した。 たぶんアオイと合流するのだろうと考えたのだ。違うようなら彼女に話を聞けば良い。(ん…… なんだ?) だが、直ぐにある事に気が付く。それは、ディミトリが歩き出すと同時に動き出す車が居たのだ。 ビルのガラス窓に映し出されている事に気が付いたのだ。「……」 そっと、後ろを見ると黒いサングラスした男が運転していた。車の窓にはスモークが貼られて中が見えないようにされている。 中々に胡散臭い仕様の車だ。それでも、普通に過ごす人なら偶然かもしれないと考える。 だが、ディミトリには色々と事情を抱えている。(病院から付けられてしまったか……) その色々に思い当たる事があるディミトリは、車に載っている連中の目的は、十中八九自分であろうと考えた。(参ったね……) アカリを見失わない様にしつつ、後ろの車にも注意を払わねばならなくなった。
隣町。「ちょっ、マテヨ!」 いきなりの展開でディミトリは慌てていた。目の前でアオイに繋がる手がかりが拐われてしまったのだ。「逃がすかっ!」 追いつく可能性が無いのに走り出してしまったのだ。逃げる物を追いかけるのはハンターの習性であろう。 だが、冷静に成ってみればアオイの携帯電話には、位置情報発信アプリを仕込んである。別に慌てなくても良かったのだ。 しかし、急な出来事ですっかり失念してしまっていた。 車は傾斜地特有のクネクネとした道で下っていこうとしていた。「くそっ! まてーーーっ!」 ディミトリは後を追いかけるが、人の足で追いつけるものでは無い。みるみる内に差が開いてしまう。 ふと見るとキックボードが棄てられていた。細長い板状の台にちっこいタイヤが付いた子供用の玩具だ。片足で地面を蹴りながら進んでいくようになっている。(よしっ! コイツを使って追い駆けるっ!) ディミトリはキックボードを片足で漕ぎ始めた。坂の上であるのでキックボードはみるみるうちに速度を上げていく。 カーブに差し掛かると車は安全のために減速せざるを得ない。しかし、ディミトリは減速をせずにカーブに突入していった。キックボードにはブレーキが付いていないのだ。 ディミトリは身体を地面スレスレに傾けてキックボードを制御している。(こっちの方が小回りは有利だぜ!) しかし、直線になると車が有利だ。アッという間引き離される。ディミトリは必死に地面を蹴って走らせた。「何だ?」「何が?」「後ろから変なのが追いかけてきている……」 車内に居た全員が後ろを振り返った。すると、車に追いつこうとしている少年の姿が目に入った。 アカリには少年がディミトリであると直ぐに分かった。(え? どうして若森くんが居るの?) 不思議な事に唖然としていたが、車内の男たちには知り合いだとは教えずにいた。車には運転手の他には一人いる。 二人共、ディミトリの事は知らないようなので、教える必要は無いと考えたのだ。「あれって子供用の奴だよな…… キックボード?」「だよな?」 全員が注視していると、ディミトリはカーブを器用に曲がってきている。「何てヤツだっ! カーブをカウンターを充てながらキックボードで曲がって来やがった!」 アカリの隣にいた男が変な関心をしていた。「おおお! 無駄にスゲェ
(ああ…… もう直ぐ坂道が終わる…… そうだっ!) ディミトリは足でブレーキを掛けるように踏ん張り無理やり方向転換した。 丘には上り下りするのに便利なように、住人用に階段が付いているのだ。 車道だとかなりの距離を移動しないといけないが、階段は直線なので距離が稼げるのだ。そこをディミトリはキックボードで一気に駆け下りていった。「ぬうおおおぉぉぉっ!」 眼下に街並みが一望できた。眺めは良いが階段をキックボードで降りるのには不向きなのは確かだった。「あがあがあが……」 階段を下りる衝撃で振動がディミトリを襲う。だが、階段を猛スピードで降りながらふと気付いた事がある。(で…… 追い付いてどうする?) 追いかけるのに夢中で停止させる方法を考えていなかった。(ヤバイヤバイヤバイ) もう直ぐ坂道が終わってしまう。此処で逃がすと二度とアカリに会えないのは間違い無い。 ディミトリは銃撃を行う事に決めた。人目を気にしている場合では無いようだ。ガンッ その時、縁石にぶつかった衝撃でキックボードが跳ね上がってしまった。「うおおおぉぉぉっ!」 ディミトリはカーブミラーの支持棒を掴み、回転を利用してキックボードを車に向かってはじき出した。 キックボード本体で車の運転席側を狙ったのだ。 少しでも速度を緩めてくれれば銃を取り出す時間が稼げる。そう考えたのだ。「うぉわっ!」 車の中で男たちが一斉に叫んだ。変な少年が追いかけて来たばかりか、キックボードを蹴り出して空中を飛ばして来たのだ。 誰でもビックリしてしまう。ガキンッ だが、ほんの少しタイミングが早かったようだ。それと斜めにぶつかってしまったせいもある。 キックボードは車のフロントガラスに、少しだけぶつかったが弾き返されてしまった。「危なかった……」 車の男たちは束の間ホッと胸を撫でおろした。大した影響が無かったからだ。 そして、そのまま車はアカリを載せたまま走り去ろうとした。 だが、運の悪い事に大型トラックがバックで出ててきた。 アカリを載せた車の運転手は、キックボードに気を取られて他所見していたのだ。「あっ!」 車はトラックを避けることが出来ず、荷台に激突してしまい停車した。急ブレーキを掛けたが間に合わなかったのだ。(チャンスっ!) 車が停車したので追いつけると喜んだディミト
隣町の丘の下。 白い車から降りてきた男たちが銃を構え始めた。それと同時にトラックの助手席側のドアが開き男が降りてくる。(こいつら全員グルなのかっ!)ビュッ! トラックから降りてきた男に最初の銃弾を送り込む。男は腹に衝撃を受けて後ろに倒れ込んだ。 サプレッサーの防音材が共振しているのか妙な音が響いた。「當心,拿著槍(気を付けろ、銃を持っているぞ)」「轉到對面放入,轉擁擠到對面(向こうに回り込め、向こうに回り込め)」 白い車の男たちの方から怒鳴り声が聞こえる。中国語なのは聞いただけでディミトリには分かった。(中華系の連中か!) 妙に大人しいと思っていたが、このチャンスを窺っていたのであろう。 彼らはディミトリが銃を持っているのを知っているはずだからだ。ビュッ!ビュッ! トラックの荷台越しに男たちに二発発射した。一発は車に、もう一発は地面に当たった。男たちは慌てて車に隠れる。 当たらなくても良い、牽制して逃走する時間を稼ぎたかっただけなのだ。「走って!」 ディミトリはアカリの襟首を掴んで先を急がせた。 アカリは訳が分からなかった。普通に歩いていたら、変な男たちに車に押し込められた。これだけでも大事なのに、次は見知らぬ男同士が銃撃戦をしている。 しかも、横にはディミトリが銃を片手に応戦しているのだ。戸惑わない方がおかしい。(荒っぽい仕事が好きな連中だな……)ビュビュビュッ!ポンッ! 男たちが再び車の影から出てこようとしたので再度連射した。しかし、最後の弾で異音が聞こえてしまった。(くそっ! サプレッサーがいかれちまったか……) ディミトリはサプレッサーの穴塞ぎ用のゴムが駄目になったのだと悟った。(連射に向いてないのは分かっていたけどな……) サプレッサーには銃弾を通すために穴が貫通しているが、防音効果を高めるために硬質ゴムで蓋をしてある。ドアの様に銃弾が通過した後に塞がるようにしてあるのだ。 だが、発射薬の強力な火力でゴムが徐々に駄目になる。段々と音が漏れるようになってしまうのだ。これがサプレッサーに寿命があると言われる所以だ。 ディミトリの自作のサプレッサーは、このゴムの材質が拙かったようだ。初めての試作だから仕方が無かったのかも知れない。ポンッ! 違う男が顔を出したので威嚇用に一発撃つが異音はしたままだ。男は肩
大型ショッピングセンター。 ディミトリとアカリは大型のショッピングセンターにやってきた。その店は敷地内の駐車場が満杯になった時用に、離れた空き地に駐車スペース設けている。 そこに強奪した車を止めた。青年が警察に通報しているかも知れないからだ。(利用料金を十万程ダッシュボードに置いておくと言えば良いか……) ショッピングセンターから可愛そうな青年に電話する事にして、今後の事を考えねばならなかった。(一旦、家に帰ってサプレッサーを作り直さないと……) 手元にあるサプレッサーは用をなさない。今回の銃撃戦で交換用の弾倉がもっと必要な事が分かった。 これはミリタリーオタクの田島に頼んで譲って貰おう。 拳銃に付属していた弾倉はグラつきが有ったが、手持ちのモデルガンの弾倉はグラつきが無かった。玩具と思っていたが、中々使いでが良かったのだ。もちろん、改造は必要だがどうという事は無い。(多人数相手だと弾がいくら有っても足りない……) 普段、使っているのはアサルトライフルだ。携帯する弾も百~二百がせいぜい。多数の弾倉の携帯は行動を制限されてしまう。 それに兵隊の時には、突撃する者・支援火力を張る者と役割が分かれていたので、弾がそれほど必要が無かったのだ。(そう言えば拳銃が必要な場面って無かったからな……) 拳銃は戦局が駄目詰まりな状況で、ライフルの弾が無くなるような最後の最後で使うような物だ。なので、さほど重要視していなかったせいもある。それに拳銃が必要な場面に遭遇していたらディミトリは生き残ってこれなかったであろう。(まあ、サプレッサーをどうにかするのが先だな……) そんな事を考えながら、ショッピングセンターに向かって駐車場を歩いていると一台の車が目に止まった。 駐車場の端っこにポツンという感じで停車している。(ん?) ディミトリの直感が何かを告げた。懐にある銃を握りながら車に近づく。 見た目には普通の車だし、取り立てて目立った外観はしていなかった。(んんん……) 車には誰も乗っていないし、荷物が有る訳でも無い。しかし、何か変なのだ。 車の周りを回って正面に来た時に、何にピンと来たのかが分かった。(ふ、ナンバープレートが前と後ろで違うじゃねぇか……) これはニコイチと呼ばれる盗難車だ。ナンバープレートを変更しているのは、発覚を遅れさせ
「……」 その様子を見ていたアカリは、ディミトリが何をしようとして居るのか理解出来た。映画なんか良く見かける車泥棒のやり方だ。 しかも、彼は手慣れている感じだった。 初めて逢った時には銃で撃たれていた。姉によると腕から何か不思議な装置を取り出す手伝いをさせられたとも言っていた。 そして、夜中に廃工場を見張ったり、不思議な行動をする少年なのだ。(本当にこの子は中学生なの?) 姉が少年を怖がっていた理由はこれなのだろうと確信したのだ。(この子は目的の為には、悪事であろうと躊躇する事は無い……) しかし、アカリはディミトリがする事を咎めるのは止めにしている。言っても聞かないだろうと分かっているつもりだからだ。 それよりも、気がかりなのは自分を連れ去ろうとしていた男たちが、姉を拘束していると言っていた事だ。 事実、連絡がつかない点も気になっている。本当に拘束されているのなら、不思議少年の手助けが必要なのだ。「僕は一旦自分の家に帰る必要が有る」 ディミトリは車を走らせはじめた。本当はアカリに運転して欲しかったが、彼の事を怪訝な顔で見ているからだ。 まあ、自動車の窃盗を目の前で見せられて平気な方がおかしい。 それで、しばらくは自分で運転する事にしたのだった。「どこか逃げ込める宛は有るの?」「ええ、友人の家に行こうかと……」「それは駄目だ……」「どうしてなの?」「彼らは君を何らかの方法で追跡している」「え?」「じゃなかったら、どうやって君に辿り着いたのさ?」「あ……」「その友人を巻き込むのは関心しないね……」「……」「携帯電話は持ってる?」「ええ」「じゃあ、電源切ってくれる?」「はい……」 ディミトリは携帯電話の位置確認を利用していると睨んでいた。 アカリはバッグから携帯を取り出した。「それ、お姉さんのだよね?」「はい、姉のアパートで間違えて持ってきてしまったんです……」「そうか……」 これで、アカリがアオイの携帯を持っていた謎が解けた。つまり、アオイはアカリの携帯を持っている事になる。 次はアオイの所在だ。逃げる時の会話でアオイは捕まったとアカリは言っていたのだ。「お姉さんは彼らに捕まったと言ってたよね?」「ええ。 大人しく着いてくれば、船で会えると言ってました」「船……」 ディミトリはロシア系の連
ヘリコプターの中。 ディミトリたちを載せたヘリコプターは川沿いに飛行を続けていた。普段、見慣れないヘリコプターが低空飛行をする様子を、川沿いの人たちは驚きの顔を向けていた。 操縦席にディミトリ。後ろの席に博士とアオイが乗っていた。「なぁ博士。 クッラクコアって手術はどうやるんだ?」 ディミトリが後部座席に座っている博士に質問をした。何か話をして気を紛らわさないと痛みに負けそうだからだ。「簡単に言えば、人の脳に他人の記憶を書き込む手術のことだ」 博士が素っ気無く答えた。アオイが吃驚したような表情を浮かべていた。「そんな事を出来るわけが無いだろ」 ディミトリは笑いながら答えた。普通に考えて滑稽な話だからだ。「じゃあ、今のお前は何なんだ?」「……」 そう言われるとディミトリも困ってしまった。何しろ自分は東洋の見知らぬ少年の中に居るからだ。 魂とは何かと言われても哲学や医学の素養が無いディミトリには無理な話だ。「世間が知っている技術では出来ないというだけの一つの話に過ぎないんじゃよ」 そう言って博士はクックックッと笑った。 どうやら博士は他にも色々と問題のありそうな手術をした経験がありそうだ。(ドローンの盗聴装置の話みたいだな……) ロシアのGRUに居た友人の話で、ドローンを使った盗聴装置の話を聞いたことがある。 ドローンからレーザー光線を出し、それがガラスに当たった振幅を解析する事で、部屋の中の会話を盗み聴きするヤツだ。既に実用化されていて、今は人工衛星を使っての同種の装置を開発しているのだそうだ。 これ一つ取っても科学技術の進歩の凄まじさが伺えるようだ。(犬に埋め込んだ盗聴装置もあったしな……) 生物の代謝に伴うエネルギーを電源に使うタイプの盗聴装置だ。これだと長い期間動作が可能になる。 これが対人間相手の技術なら、その進歩はもっと凄いことになっていそうだとディミトリは思った。「科学の世界には、表に出てない技術が山のように有るもんだよ」「クラックコアもその一つなのか?」「もちろんだとも」 人間の記憶というのは神経細胞のシナプスに化学変化として蓄えられている。その神経細胞を構成するニューロンの回路としてネットワーク化される。無限とも言える変化の連続を、人間は記憶と呼んでいるのだ。 そして、記憶と記憶を結びつける行為を
ディミトリは操縦席に乗り込んだ。ここからは時間との勝負だ。(まず、バッテリースイッチを入れてスタートに必要なスイッチをONにして電源を入れる……) 昔教わった手順を思い出しながら、次々とスイッチを入れていった。その間も入り口の方から銃撃音が聞こえる。 銃弾を撃ち終えたアオイがヘリコプターに乗ってきた。博士もちゃっかり乗っかっている。「側面ドアを紐か何かで結んでおいて!」 容易に乗り込めないように紐で結んで固定させてしまうのだ。少しは時間が稼げる。(エンジンスタートスイッチを入れてスターターを回し空気圧縮開始……) 覚えている手順を口の中で反芻しながら計器を見つめていた。 ここで駄目なようだったら最初からやり直しだ。だが、その時間は無さそうだ。『くそっガキがあ~』『なめてんじゃねぇぞ!』 ドアを叩きながら怒鳴り声を上げているのが聞こえた。 どうやら、ディミトリが用意したスマートフォンのトラップが見破られたらしい。(確か、この回転数…… エンジン点火……) ジェットエンジン特有の甲高い音が響き始めた。エンジン始動は巧く行ったようだ。 銃声が聞こえ始めた。どうやら、鍵がかかっていると思い始めたのだろう。 ドアノブの周りに穴が空き始めた。「急げっ! 急げっ!」 ディミトリがエンジンの回転数を見ながら声を上げていた。(回れまわれ!) ヘリコプターのメインローターがゆっくりと回り始めた。そして、十秒もしない内に回転速度を早めていった。 やがて、ヒューイ独特の風切り音もし始める。『え?』『え?』『ヘリを動かしてるのか?』『ふっざけんじゃねぇぞぉぉぉぉ!』 ジャンたちも漸く自体が飲み込めたらしい。追い詰めたと思ったのにまさかの逃走手段を使っているのだ。(よしっ! イケる) ディミトリはコレクティレバーを引いた。これで揚力を制御して浮き上がるのだ。(ふふふ、俺ってばクールだぜ!) そして、ヘリコプターが浮き始めるのと、屋上のドアが開くのは同時のようだった。 中から複数の男たちが走り出しているのが見えた。中には銃を撃っているものも居た。カンッ、キンッ、ビシッ ヘリコプターの飛翔音に混じって異質な音が聞こえていた。サイドドアに付いている窓にヒビが入る。「ふっ、無駄だね!」 ディミトリはヘリコプターが浮き始めるのと同
「よさんかっ! わしが居るのが見えないのかっ!」 博士がジャンたちに向かって怒鳴った。しかし、彼らの返礼は銃弾だった。「ひぃー……」 博士は荷物の影に再び隠れた。「何故にわしを撃つんだ……」「もう必要が無くなったんだろ」 ディミトリは自分が本人である事を認めたので、博士の役割が終わったのだろうと推測したのだ。「貴重なサンプルなのだから殺すなと言っておいたのに……」 博士としては成功した理由を明らかにしたかったのだ。 だが、ジャンたちの目的が科学者特有の知的な好奇心では無いのは明白だ。 それは、ディミトリが握っている麻薬組織の巨額な資金なのだ。 クラックコアが有効な方法であると分かったのなら、今の反抗的なワカモリタダヤスに入っているディミトリは不要だ。 『従順なディミトリを再び作れば良い……』 こう、結論付けるのも無理は無い。 自分でもそうするとディミトリは考えるし、何より彼らが焦りだした理由のほうに興味があった。「くそっ逃げ道が無い!」 反撃しているが銃弾の残りも心細くなってきた。このままでは拙い事は確かだ。「おい…… 屋上にヘリコプターが有るぞ!」 博士が銃撃音に負けないように大声で教えた。「……」「分かった屋上に向かおう!」 ディミトリは暫し考え、騒音に負けないように怒鳴り返した。(操縦出来る奴であれば良いが……) 撃たれないように頭を低くして通路を素早く走り抜ける。その間も、走る後ろに向かって牽制の射撃は忘れない。こうすると、相手の追撃が鈍るのは経験済みだからだ。 博士も仕方無しに付いてきてるようだ。残ってもジャンたちに殺されると思っているのかも知れない。 ふと見ると撃たれて倒れている男がいた。ジャンの部下であろう。懐からスマートフォンが見えていた。(これを使わせてもらうか……) ディミトリはスマートフォンを手に持ち録画状態にした。自分の射撃する音を録音させる為だ。 そして、アプリを使って無限ループで再生するようセットした。これを使ってジャンたちの気を逸らすためだ。上手くすれば何分かの時間稼ぎが出来るはず。 ディミトリもヘリコプターのエンジンの掛け方ぐらいは知っている。そして、手順が厄介なのも知っていた。 何しろヘリコプターは車と違って直ぐには飛べない乗り物だ。どんなに巧くやっても、最短で二分はかか
「ぐあっ!」「うわっ!」 ジャンたちは急な発光に気を取られてしまった。 一方、コインを指に挟んだまま発火させた男は、親指と人差指が半分無くなってしまっていた。急激だったので指を放すタイミングを失ってしまっていたのであろう。「!」 ディミトリは相手が油断した空きを逃さなかった。反撃の開始だ。 相手のベルトに刺さっていた銃を奪い、ジャンたちに向かって連続で射撃した。正確に命中する必要は無い。相手の視界が回復する前に行動不能になってほしいだけだ。 弾丸はジャンや手下たちの腹に命中したようだった。 それから、後ろに居た男の頭を撃ち抜いた。椅子に座ったままだったので、顎の下から頭を撃ち抜くような感じだ。 男の脳みそが天井に向かって飛散していく。 室内に居た全員が倒れたすきに、ディミトリはナイフを使って手足の結束バンドを外した。それからジャンの手下たちのとどめを刺して回った。 ジャンは腹に当たっていたと思ったが逃げてしまっていた。中々に逃げ足が速い男だ。 しかし、ディミトリは追いかけようとはせずに博士の所に歩み寄った。 博士にも弾幕の一発が当たっているらしく肩から血を流していた。「俺の記憶とやらは何処にあるんだ?」「わ…… わしの研究所だ……」 いきなりの展開に腰が抜けてしまったのか、博士は床に座り込んだままだった。 荒事をするのは得意だが、されるのは苦手なタイプなのだろう。「研究所の何処だ?」「……」 博士は質問に黙り込んでしまった。ディミトリは博士の傍に座り込んで顔を覗き込んだ。だが、博士は黙ったままだ。 ディミトリは銃痕に指を入れてかき回してやった。博士の口から鋭い悲鳴があがる。「私の研究室にあるサーバーの中だ。 Q-UCAと書かれているハードディスクの中身がそうだ!」「ふん」 知りたいことを聞いたディミトリは立ち上がった。(さて、ジャンの奴を逃しちまった……) 自分の事を散々追いかけ回した彼には、是非とも銃弾を大量にプレゼントしてやりたかった。 だが、ここにはジャンの手下が沢山居るはずだ。相手のテリトリーで戦うような間抜けではない。「怖いお友達が来る前に逃げ出すか……」 ディミトリは倒れているアオイを助け起こして部屋を出ていった。 もちろん、博士も連れて行く事にした。聞きたいことが他にもあるからだ。 ディミ
「早くしないと君の魂はタダヤスから消えてしまうよ……」「……」 そう言うとニヤリと笑った。それでもディミトリは黙ったままだ。「自白剤を使いますか?」 ジャンは時間が惜しいので、さっさと自白させようと薬を使うことを提案してきた。 自白剤とは対象者を意識を朦朧とした状態にする為の薬剤だ。 人は意識が朦朧としてくると、質問者に抗することが出来なくなり、機械的に質問者の問いに答えるだけとなる。 しかし、副作用も酷く自白の中に対象者の妄想が含まれる場合も多いので信頼性が低くなってしまう。捜査機関などでは使われることが少ない薬剤だった。「そんな事をしたら折角の記憶が無くなるよ?」 博士が素っ気無く答えた。彼からすれば記憶に関する障害をもたらす薬品など論外なのだろう。 それは自分の研究成果が台無しになる事を意味する。金も研究成果も欲しい欲張りな性格なのだろう。「それに彼は拷問に対処するための訓練を受けているんだよ」 博士はディミトリの軍にいた時の経歴も掌握していた。「その女の子を痛めつけ給え、彼はきっと助けようとするだろう」 博士がアオイを指差した。恐らくモロモフ号の事も知っているのだろう。 アオイには特別な思い入れは無いが、自分の所為で他人が痛めつけられるのは気分の良い物では無いのは確かだ。 やっと出番が来たと思ったジャンはアオイをディミトリの前に連れてくる。 そしてジャンはおもむろにアオイを殴りつけた。殴られたアオイは転倒してしまう。「やめろっ!」「話す気になったかね?」 博士はニヤニヤしたまま聞いてくる。ジャンも手下たちも同様だった。「彼女は関係無いだろうがっ!」「相手のウィークポイントを責めるのが尋問のイロハだろ?」 そう言うとジャンはアオイの頬を再び殴りつけた。アオイの鼻から出る鼻血の量が増えてしまった。「分かった、分かった…… 教えるから辞めてくれ」 ディミトリが仕方がないので暗証番号を教えると伝えた。 ジャンと博士はお互いの顔を見てニヤリと笑った。 ジャンが手下に顎で指示をすると、手下はノートパソコンをディミトリの前に持ってきた。「手を動かせるようにしろ」 ノートパソコンを前にしたディミトリは言った。操作する為だ。「駄目だね。 お前さんの手癖の悪さはよく知ってるよ」 ジャンがニヤニヤしながら言った。「
「俺たちに任せてくれ! 三十分で吐かせて見せます!」「ああ、タップリ目に痛い目に合わせてやりますよ!」 部下たちが口々に言い募った。仲間を殺られたのが悔しいらしい。 それに、部下たちはディミトリの正体を知らないようだ。見た目が生意気な小僧に騙されているのだろう。「バカヤロー。 ぶん殴って白状する玉じゃねぇんだよ!」 ジャンは部下の方に向いて怒鳴った。 ディミトリは元兵士で拷問への対処法を熟知しているからだ。もちろん、限界が有るのだろうが、それを確かめるには膨大な時間を浪費しなくてはならなくなる。 ジャンはディミトリの正体を知っているので、無駄な時間は使いたくないと考えていたのだ。「あの女を連れてこい!」 部屋の外から女が一人連れて来られた。片腕を乱暴に掴まれて部屋の中に引き摺られるように入ってきた。 それはアオイだ。やはり捕まってしまっていたようだった。 アオイが連れてこられるのと一緒に初老の男性が入ってきた。「やあ、若森くん。 相変わらず元気そうだね」 彼はニコニコしながらディミトリに話しかけて来た。「君の活躍は色々と聞いてるよ」「……」「それともデュマと呼んだ方が馴染みが良いかね?」 彼はディミトリの渾名すら知っていた。「アンタ、誰?」 ディミトリは興味無さそうに聞いてみた。本当は興味津々だが、この相手に弱みを見せるのは拙いと感じているからだ。 情報の引き換えと同時に何を要求されるのか分かった物では無い。油断ならない相手だと判断したのであった。「私の名前は鶴ケ崎雄一郎(つるがさきゆういちろう)」 初老の男は長机の上にあるディミトリの私物を手に取って眺めながら答えた。「君の手術を担当した脳科学者さ……」 彼がディミトリに脳移植をした博士だったのだ。「君とは手術が終わった時に一度逢ってるんだが…… 覚えてないみたいだね」「……」 そう言ってニコッリと微笑んだ。ディミトリは黙ったままだった。本当に記憶に無いからだ。 だが、想定内であったのだろう。博士はニコニコとしている。ディミトリの反応を楽しんでいるようであった。「さて、君には質問が幾つか有るんだが……」 博士はディミトリの傍に立ち、見下ろしながら質問を始めた。「さて……」「聞く所によると君は麻薬組織の売上金。 百億ドル(約一兆円)を掻っさらったそうじ
何処かの倉庫。 ディミトリは倉庫と思われる場所に一人で居た。 その顔は腫れ上がっており、片目が巧く見えないようだった。口や鼻から出た血液は乾いて皮膚にへばり付いている。 恐らく仲間をやられた報復で、散々殴られていたようだ。(くそっ……) 気が付いたディミトリは腕を動かそうとした。だが、出来ないでもがいていた。 安物っぽいパイプ椅子に両手両足を拘束されていた。両手両足をそれぞれ別のパイプに拘束バンドで止められているのだ。 これでは解いて逃げ出すのに時間が掛かり過ぎてしまう。 彼の逃げ足が早いことを、灰色狼の連中は知っているのだろう。(身体が動かねぇな……) 部屋には中央に灯りが一つだけ点いていた。壁際に監視カメラがある。室内に見張りが居ないのはこれで監視しているのだろう。 入り口には長机が置かれてあり、その上にディミトリの私物が並べられている。 暫くすると入口のドアが開いて何人かの男たちが入ってきた。 ディミトリが意識を取り戻したのに気が付いたらしい。「コイツを殴るなって言ったろ?」 派手なシャツを着た男が、ディミトリの様子を見て怒鳴った。ディミトリが怪我をしているのが気に入らないらしい。「すいません……」「コイツにケンジを殺られたんで…… つい……」 何だか派手なシャツを着た男と、スーツ姿の男二人がやり取りをしている。 ケンジとは誰なのか分からないが、ディミトリが殺った奴の一人であるのは間違いない。 シャツの男がコイツラの頭目だろう。(じゃあ、コイツが張栄佑(ジャン・ロンヨウ)か……) ジャンは灰色狼の頭目だとケリアンが言っていた。そして、目的の為には手段を選ばない男だとも聞いている。 性格が冷酷で厄介な相手であるのは間違いない。「特に顔を殴るのは良くない……」 ジャンは座らされているディミトリの周りをゆっくりと歩きながら言った。ディミトリの怪我の具合を確認しているのだろう。 見た目は酷いが死ぬことは無さそうだ。 ジャンが歩く様子をディミトリは目で追いかけながら睨みつけていた。「もし記憶が飛んでいたら、今までの苦労が水の泡に成っちまうからな」 そう言って笑いながらディミトリの頭を掴んで自分に向けさせた。そして顔を近づけてディミトリの目を覗き込んだ。 まるで相手の深淵を汲み上げようとするような鋭い目つきだ。
その場に居たパチンコの客たちは、一瞬に呆気に取られてしまっていた。だが、直ぐに店内は悲鳴と怒号に包まれていく。「え?」「ええ!?」「ちょっ!」「ああーーーっ! 俺のドル箱に何をする!」 誰かが大声で喚いていた。それでも、彼らはパチンコのハンドルを握る手を緩めない。 リーチ(大当たりの前兆)が掛かるかも知れないからだ。緊急事態より眼の前にある台の去就の方が大事なのだろう。 普通の人とは感覚が違うのだからしょうがない。 そんな喧騒とは別に運転席でモゾモゾと動く影があった。「痛たたた……」 ディミトリだ。彼は無事だったようだ。すぐに自分の両手を握ったり開いたりして怪我の有無を確認していた。 足の無事を確かめようとして、顔が歪んでしまった。どうやら打ち所が悪い部分があったようだ。(ヤバイ…… 早く逃げないと……) ふと見るとディミトリは自分の銃の遊底が、引かれっぱなしになっているのに気がついた。弾丸を撃ち尽くしたのだ。 予備の弾倉も使い切っている。(コイツは何か得物を持ってないか……) 助手席で事切れている男の身体を触ってみた。すると男の懐にベレッタを見つけた。弾倉はフルに装填されている。 右手が銃床を握っているので取り出そうとしたのだろう。乗り込もうとした時に銃撃したのは正解だったようだ。 ディミトリは銃を奪い取ってから、予備の弾倉を探したが持っていなかった。(まあ良い。 これだけでも闘える……) そして、懐から狐のアイマスクを取り出して被った。(くそっ、玩具のアイマスクしか無いのかよ……) 本当は目出し帽で顔を隠したかった。だが、狐のアイマスクしか無かったのだ。 これはケリアンが手配してくれた車のシートポケットに入っていた物だ。恐らくシンウェイの物であろう。(無いよりマシか……) パチンコ店の至る所に監視カメラがあるのは承知している。それらの監視の目を誤魔化す必要が有るのだ。 これだけの大騒ぎを起こしたのだから、警察が乗り出すのは目に見えている。いずれバレるだろうが、今はまだ警察相手にする余裕が無い。時間稼ぎが目的だ。(時間を稼いで楽器ケースにでも隠れて外国に逃げるか……) ディミトリは足を少しだけ引き摺るように階段を下りていった。最早、痛みがどうのこうの言ってられない。 急がないと駐車場ビルから、奴らがすぐ
車は慌ててハンドルを切り替えしたが間に合わない。そのままフォークリフトに突っ込んでしまった。 ディミトリは咄嗟にシートベルトに腕を絡めて身構えた。こうしないと衝突のショックで車外に投げ出されてしまうからだ。 運転手は自分のシートベルトをしていなかったようだ。彼はフロントガラスに頭から突っ込んで窓枠ごと外に投げ出されていった。(畜生…… ツイてないぜ……) ディミトリは車の中からヨロヨロと抜け出した。追手の車が盛んにタイヤの音を響かせながら近づいて来ているからだ。 投げ出された運転手は跳ね飛ばしたフォークリフトの傍に倒れている。運転手の肩を揺さぶってみたが、彼は何も言わなくなっていた。 最初に現れたのは白い方の車だった。ディミトリは柱に隠れて立ち銃を構えた。 白い車の運転手は速度を緩めずに迫ってきた。そして運転席の窓から銃を突き出している。(それは無理だ) ディミトリは運転席に向かって引き金を引いた。三発程撃つと運転席が血で染まり、車は停車していた車を巻き込んで停車した。 その脇を黒いSUVはすり抜けてディミトリに迫ってきた。(邪魔っ!) ディミトリは車に向かって銃を撃つと同時に停車した車に向かって走り出した。二発は当たったようだが何事もなく走っている。 黒いSUVは壁際まで走って反転しようとしていた。 ディミトリが車の中を覗き込むと、運転手は絶命しているらしかった。助手席にもうひとり男が居た。怪我をしているらしく呻いていた。時間が無いので銃撃して永久に黙らせてやった。(お前も邪魔っ!) 運転席から運転手の死体を外に放り出すと乗り込んで走らせる。バックミラーを見ると直ぐ傍まで黒いSUVはやって来ている。 車を運転しながら逃走経路を色々と考えたが名案が浮かばない。その間にも黒いSUVから銃弾が飛んできている。 駐車場ビルの同じ階を二台の車は競り合うように走り続けた。 もちろん、ディミトリも銃で反撃している。車のタイヤの軋む音と銃の発射音がビル内に鳴り響いていた。(くそっ、サプレッサーを外したのに全然当たらないっ!) 追跡している車を銃撃しているが肩越しなので当たらない。そこでサイドブレーキを引いて車をサイドターンさせた。 そして、ドアを開けたままバックで下がり、停めてあった車でドアを弾き飛ばした。(よっしゃ、これで銃で闘